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トランプが負けた日

元テレビ朝日モスクワ支局長 武隈 喜一

 11月7日土曜日の朝は、この季節にしてはめずらしく暖かい晴天だった。起きるとすぐにテレビをつけた。MSNBC、CNN、Fox Newsとチェンネルを回し、10時すぎまで、放送5日目に入った各局の選挙特番を見ていた。選挙区開票を速報で伝えるMSNBCのスティーブ・コルナキ記者は、その票読みの確かさと残票の性格付けの正確さで、一挙に全米の人気解説者となっていた。MSNBCではCMの最中も、コルナキ記者が電卓をはじく様子や、クシャクシャのメモ用紙を広げ直して数字を確認する様子を、わざわざワイプを切って見せるようになっていた。「高校教師のような地味な男だが、開票の仕切りは天才的だ」と『ロサンゼルスタイムズ』も賛嘆していた。
 ペンシルべニア州でバイデン票がトランプを逆転し、95%まで開票が進んだまま、昨夜から膠着状態になっていた。コルナキは遅れて入ってくる郊外の暫定票が積みあがってもバイデン勝利は揺るがない、と確信をもって伝えていたが、スタジオから「ではなぜ当確を打たないのか?」と問われるたびに、「当確は〈当打ちデスク〉の権限だ。自分の仕事は開票状況をわかりやすく伝えることだ」と繰り返し答えていた。ペンシルベニアでバイデンに当確が出れば、選挙人獲得数270人を超え、一気に選挙の決着がつくのだが、小分けにされた票の集計結果が発表される時刻はコルナキにもわからなかった。ただ、バイデン勝利はもう時間の問題だった。

  クラクション、叫び声、鍋叩く音…

 ペンシルベニア州のあらたな集計結果がすぐに発表される気配がなかったので、一度テレビを消して、新聞を読み始めた。

 11時半頃、突然、一番街を走るクルマの列からけたたましいクラクションが鳴った。そして、「ウオーッ」という地響きのような叫び声が上がった。急いでMSNBCをつけてみると、ジョー・バイデンがペンシルベニア州を僅差で押さえ、大統領選挙の当選を決めたことを伝えていた。クラクションの音はバイデン当選を喜ぶ、町の人びとの歓喜の表現だった。そこにアパートのベランダに出て鍋や皿やらありったけのものを叩く音が加わって、だんだん大きくなり、止むことがなかった。

 トランプ大統領はそのころ、ワシントンを離れ、バージニア州のトランプ・ナショナル・ゴルフクラブでプレイの最中だった。バイデン当確を大統領に伝えた側近によると、「トランプ大統領は意外なほど動揺を見せなかった」という。 しかし、ゴルフを終えてホワイトハウスに戻ったトランプ大統領は、テレビ全局が「バイデン当確」を伝えているのを見て怒りをあらわにし、「何百万もの郵便票が、請求してもいない人びとのところへ送られたのだ」と、この選挙が不正であると主張するツイートを立て続けに投稿した。

ゴルフから戻りWHに入るトランプ大統領 New York Times

 この歴史的な日をニューヨークの人たちはどのように過ごしているのだろうと思い、地下鉄に乗ってユニオン広場へ出かけた。
広場は大声で叫ぶ人、歌う人、抱き合う人でいっぱいだった。老若男女がバイデンの当選を喜んでいた。日和のせいだけではなく、みんなが外へ出て喜びを分かち合いたいのだろう、どこの舗道のテント作りのアウトドアテーブルも一杯だった。

 夕方、家に帰ると、一番街を走るクルマはまだクラクションを鳴らして走っていた。クラクションに合わせて拳を突き上げる男や女で、舗道はすれ違うこともできないほどだった。

  担当官が辞意、へたりこむトランプ陣営

 各メディアからのニュースレターを開けてみると、大統領執務室の担当官が辞意を表明した、というニュースが入っていた。ABCニュースは、トランプ陣営には疲労と失望感が深く漂っていて、選挙に負けたという現実がまだ受け止められないこと、多くのスタッフがアーリントンにある選挙本部の床にへたりこんでいることを伝えていた。選挙本部が不正投票通報用に設けたホットラインが鳴りっぱなしなのだが、受話器を取ってみると、多くの電話がトランプの負けをあざ笑ったり、こきおろす内容で、あきらかに組織的な人海戦術による電話攻撃になっていて、対応するスタッフが疲労困憊しているのだ、ということだった。
 バイデンとハリスの勝利演説が始まることになると、さすがに一番街のクルマのクラクションも静かになっていた。
(2020.11.07)

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