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特集コラム 人間の声
独立メディア塾 編集部人間の声は、その日に因んだ論説記事で、時事のさまざまな問題に対し、独立メディア塾としての意見や主張とともに年表に掲載されている。
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「大衆の熱狂は計算できない」
アイザック・ニュートン(1643年1月4日~1727年3月31日)は、万有引力の法則などで知られたイングランドの数学者、物理学者、天文学者、神学者。だが全く別の4つの顔を持っていた。1つは...
2022.03.31
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「田園にいれば私の不幸な聴覚も私をいじめない。そこでは一つ一つの樹木が私に向かって『神聖だ、神聖だ』と語りかけるようではないか?森の中の歓喜の恍惚!」
(ロマン・ロラン著「ベートーヴェンの生涯」の「手記」から)1994年12月1日、ベートーヴェン(1770年12月16日頃~ 1827年3月26日)の遺髪がサザビーズのオークションにかけられ、2人の米国人が3600ポンドで落札した。「ベートーヴェンの遺髪(ラッ...
2022.03.26
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「若い女は美しい。――だが年をとった女は、それ以上に美しい」
ウォルター・ホイットマン( 1819年5月31日~1892年3月26日) はアメリカの詩人、随筆家、ジャーナリスト。「ホイットマン詩集」(白鳥省吾訳)「草の葉」の「路傍にて」から。年取った女...
2022.03.26
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「芸術とは最も美しい嘘のことである」
ドビュッシー( 1862年8月22日~1918年3月25日)は、フランスの作曲家。「亜麻色の髪の乙女」などで知られる。表題の言葉は『音楽のために ドビュッシー評論集』(杉本秀太郎訳)の「音...
2022.03.25
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「財貨を失ったのはーーいくらか失ったことだ!
名誉を失ったのはーー多く失ったことだ!
勇気を失ったのはーーすべてを失ったことだ!
生まれなかったほうがよかっただろう」
(ゲーテ格言集から)ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(1749年8月28日~1832年3月22日)は、ドイツの詩人、劇作家、小説家、科学者、政治家、法律家。小説『若きウェルテルの悩み』『ヴィルヘルム・...
2022.03.22
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「金栗、ゴールイン!」
金栗四三(1891年=明治24年8月20日~1983年11月13日)は、マラソン選手。「かなくり・しそう」と読む。日本人初の五輪代表選手としてマラソンに参加した。各マラソン大会や東京箱根間往復...
2022.03.21
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「愛人といっしょに病棟の方に歩いていった父のうしろ姿を見送ったかどうかは、憶えていない」
須賀敦子(1929年1月19日~ 1998年3月20日)は日本の随筆家・イタリア文学者。1991年、「ミラノ 霧の風景」で女流文学賞、講談社エッセイ賞を受賞。主な著書に「コルシア書店の仲間たち」...
2022.03.20
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「土器に残る平行線は、焼いた人の指先だ!」
英国の医者であり、指紋研究者のヘンリー・フォールズ(1843年6月1日~ 1930年3月19日)は指紋が一生変わらないという不変性を証明し、犯罪捜査などに使う道を開いた。1873年、東京・築地...
2022.03.19
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「撮影所は政治家に屈服した」
米国の映画監督、フレッド・ジンネマン(1907年~1997年)はユダヤ系ドイツ人。「ジュリア」「真昼の決闘」「日曜日には鼠を殺せ(原題=behold a pale horse)」「地上より永遠に」「ジャ...
2022.03.14
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「着地を止(と)めてこそチャンピオン」
内村航平(1989年1月3日~)は、日本のプロ体操競技選手。個人総合では国内外において2008年の全日本選手権から2017年のNHK杯まで約9年間に渡り無敗の40連勝を記録し、「史上最高の体操選...
2022.03.12
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「逃げるな、火を消せ、空爆だ」
1945(昭和20)年3月10日午前0時8分、東京は米軍B29爆撃機344機による東京大空襲に見舞われた。約2時間半の間に落とした焼夷弾は約2,000t以上、死者は約10万人以上といわれる。空襲は日本...
2022.03.10
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「お目にかかりたさに、山を越えてまいりました。
これからまた山を越えて家へ戻ります」金子みすゞ(1903年4月11日 ~1930年3月10日)は西条八十の詩を愛し、投稿した詩が八十の目にとまった。1927年夏、八十が九州の講演に行く途中、下関駅でわずか5分の、最初で最後の対面が...
2022.03.10
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「私は地下鉄道の車掌として八年活動してきましたが、
一度として脱線させたことはありませんし、
一人の乗客も失ったことはありません」ハリエット・タブマン(1820年ごろ誕生~1913年3月10日)は奴隷だった27歳の時、米国南部メリーランド州から北部に逃亡した。その後、何度も故郷に戻って多くの黒人奴隷を北部やカナダに逃...
2022.03.10
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「漢字文化は女性蔑視、女偏を人偏に」
「嫉妬、妨害、姦計。穏やかでないこれらの熟語に共通するのは『女へん』の漢字である。国際法学者の小寺初世子さんは『女性蔑視の観念を刷り込む』として女へんを人べんに変えることを著...
2022.03.08
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「黒岩涙香君のような出兵論者は、誰よりも先に前衛の一人として出かけてもらいたいものだ」
薄田泣菫(1877年=明治10年5月19日~1945年10月9日)は、詩人、随筆家。大阪毎日新聞の学芸部長を務めた。1915年(大正4年)から1930年まで大阪毎日新聞などの新聞や雑誌に「茶話」と題す...
2022.03.04
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「もうおねがいゆるして ゆるしてください」
2018年3月2日に目黒区で児童虐待によって船戸結愛(ゆあ)ちゃん(5歳)が父親に虐待され死亡した事件で、結愛ちゃんがノートに書き残した言葉。 2018年3月2日、東京・目黒区で父...
2022.03.02
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「なぜ、こんなにいい女体なのですか」
斎藤茂吉(1882年5月14日~1953年2月25日)は歌人、精神科医。大正から昭和前期にかけて活躍したアララギ派の中心人物。精神科医としては青山脳病院(現在の都立梅ヶ丘病院や斉藤病院の院長...
2022.02.25
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「色欲消耗し尽くせば人の最後は遠からざるなり。
依てここに終焉の時のことをしるし置かむとす。」作家永井荷風(1879年12月3日~1959年4月30日)は38歳から79歳の死の直前まで日記を書いた。その「断腸亭日乗」(だんちょうていにちじょう)の1936年(昭和11年)2月24日の遺言から。 ...
2022.02.24
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「記憶にございません」
小佐野賢治(1917年2月15日 ~1986年10月27日)は実業家。国際興業グループ創業者。表題の言葉は1976年(昭和51年)2月16日、ロッキード事件に関し衆議院予算委員会で全日空の若狭得治社長...
2022.02.16
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「保育園落ちた、日本死ね!」
2016年2月15日に投稿された匿名ブログが社会の関心と共感を集めた。「ハフポスト日本版」(2016年3月15日)のメール取材によると、投稿者は東京都に住む30歳代の女性。夫婦と男の子一人。...
2022.02.15
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「四十五ねんのあいだわがままお
ゆてすみませんでした(略)
ミナサン
あとわ
よろしくたのみます」木村セン(1891年=明治24年3月8日~1955年2月14日)は18歳で群馬県吾妻郡の農家に嫁ぎ、一心不乱に働く日を送った。5男4女をもうけたが、3人は結核などで早く失った。1955年、凍った地面...
2022.02.14
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「ジェームズ・ボンド、この短くてロマンチックでない名前が必要だ」
イギリス生まれの作家イアン・フレミング(1908年5月28日~1964年8月12日)は「007」の主人公の名前を決めかねていた。熱心なバードウォッチャーだったフレミングは、米国の著名な鳥類学者...
2022.02.14
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「ただ貴方のやさしさが怖かった」
南こうせつ(1949年2月13日~)は、フォークシンガー。元かぐや姫のリーダー。1970年にデビューし1973年に発売した『神田川』は160万枚のヒットを記録。解散後も「夢一夜」などのヒット曲...
2022.02.13
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「国務省には共産主義者がうようよしている」
アメリカ合衆国の上院議員、ジョセフ・マッカーシー(1908年11月14日~1957年5月2日)が1950年2月9日、米国ウ ェストバージニア州のウィーリングで行った演説。「自分も国務長官もその名前...
2022.02.09
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「日の丸飛行隊」
1972年2月3日に開幕した札幌冬季五輪は、アジアで初めて開かれた冬の大会。開会式には5万4千人の大観衆が集まった。35か国・地域から選手1128人(男性911人女性217人)と527人の役員が参加...
2022.02.03
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「恥ずかしながら帰って参りました」
横井正一(1915年3月31日~1997年9月22日)は、日本の陸軍軍人、評論家。最終階級は陸軍軍曹。太平洋戦争終結から28年目、1972年(昭和47年)1月24日の夕暮れ時、アメリカ領グアム島で現地...
2022.02.02
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「あの忌まわしい事件―私は隠れて暮らすようになった」
作家深沢七郎(1914年1月29日~1987年8月18日、73歳没)の「流浪の手記/深沢七郎」から。1957年、「楢山節考」で第1回中央公論新人賞を受賞し、作家デビュー。皇居が民衆に占拠され、天皇...
2022.02.01
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「日本人の出来の悪さが心細い」
大佛次郎(1897年=明治30年10月9日~1973年4月30日)は小説家。表題の言葉は「大佛次郎敗戦日記」の1945年1月30日から。大佛は教師、外務省勤務を経て、関東大震災を機に文筆生活に入る。...
2022.01.30
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「死ぬことは構わないけど、夫をあとに残すことになるなんて。だれがあの人の面倒をみるのですか。あの可哀想な人はどうなるの?」
ローズ・ロダン(1844〜1917)の言葉。ローズはフランスの彫刻家オーギュスト・ロダン(1840年11月12日~1917年11月17日)の妻。ロダンは代表作『地獄の門』、その一部を抜き出した『考え...
2022.01.29
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「わが亡きあとに人権は甦れ」
帝銀事件の犯人として死刑を宣告された平沢貞道、(1892年=明治25年2月18日~1987年5月10日)は、日本のテンペラ画家。 帝銀事件は1948年(昭和23)1月26日、東京都豊島区の帝国銀行椎...
2022.01.26
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「天国までついてきてくれ。そうすればあの世でも最高のモデルを持つことができる」
アメデオ・クレメンテ・モディリアーニ(1884年7月12日~1920年1月24日)は、イタリアの画家、彫刻家。主にパリで制作活動した。芸術家の集うモンパルナスで活躍し、エコール・ド・パリ(...
2022.01.24
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「いつも誰かが、火の見から、双眼鏡でのぞいています」
安部公房(1924年=大正13年3月7日~1993年1月22日)は、日本の小説家、劇作家、演出家。表題の言葉は「砂の女」から。「壁」で芥川賞受賞。世界的に読者を獲得し、ノーベル文学賞の候補に...
2022.01.22
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「子供たちのための食糧を送ってもらえないのなら、彼らの墓を掘るためのシャベルを送ってください」
英国の女優でハリウッドで活躍したオードリー・ヘップバーン(1929年5月4日~ 1993年1月20日)は晩年ユニセフ大使を務めた。冒頭の言葉はエチオピアの惨状を視察したとき、神父が彼女に訴...
2022.01.20
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「来年の今月今夜のこの月を僕の涙で曇らせてみせる」
尾崎紅葉(1868年=慶應3年1月10日~1903年10月30日)は小説家。表題の言葉は「金色夜叉」の主人公貫一のセリフとして広く知られている。舞台・映画では小説より簡略化された、このセリフ...
2022.01.17
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「葬式の類は一切無用のこと 弔問、供物の類はすべて固辞すること。生者は死者のためにわずらわされるべきにあらず」
梅原龍三郎(1888年=明治21年3月9日~1986年1月16日)は画家。ルノワールに師事した。表題の言葉は梅原の遺言として知られている。 (1月17日読売朝刊から) 高峰秀子の「私の...
2022.01.16
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「母なき子のさびしさ」
双葉山定次(1912年2月9日~1968年12月16日)は、大分県出身の第35代横綱の言葉。本名は穐吉(あきよし)定次。 1939年(昭和14年)1月15日、双葉山は西前頭三枚目の安芸ノ海に敗れ、連...
2022.01.15
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「犬だ。犬。間違いない。2頭だ」
1959年(昭和34年)1月14日、南極の昭和基地を目指して、大型ヘリコプター2機が宗谷から飛び立った。無人の基地まで163キロ。飛行時間1時間10分。オレンジ色の昭和基地が見えてきた。その...
2022.01.14
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「舌を抜かれる女たち」
メアリー・ビアード(1955年1月1日生まれ)は古代ローマ文明を研究する英国学者。ケンブリッジ大学古典学教授。ロンドンタイムズ紙文芸付録の古典文学編集者。(2020年1月10日出版時)。表...
2022.01.10
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「私は歌う、私は戦う、私は泣く、私は祈る、私は笑う、私は働きそして私は不思議に思う」
ジョーン・バエズ(1941年1月9日~)は米国のシンガーソングライター。フォークロックの草創期から、今も第一線で活動し続けている。1960年10月、ファースト・アルバム『ジョーン・バエズ...
2022.01.09
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「体育会系の暴力学生、出て行け」
1968年、1969年にかけて日本大学で大学闘争が起きた。理工学部教授が裏口入学斡旋で賄賂をもらい、さらに大学の使途不明金と脱税が合計34億円になることが立て続けに明るみに出た。これを...
2022.01.06
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「カップヌードル!それで行こう」
安藤百福(1910年=明治43年3月5日~2007年1月5日)は日清食品創業者。インスタントラーメン、カップヌードルの開発者。 (安藤百福発明記念館編「転んでもただでは起きるな! 定本・...
2022.01.05
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◇①「改良すれば、きっとうまくいく!」
◇②「15歳の盲学校の生徒が考えだしたとは、信じられない!」
◇③「六つの光は輝きて闇の夜は開け初めぬ」①ルイ・ブライユ(1809年1月4日~1852年1月6日)。 ②石川倉次(1859年2月28日=安政6年1月26日~ 1944年12月23日)。 ③左近充孝之進(1870年5月2日=明治3年4月2日~1909月年11月11日)。 ...
2022.01.04
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「スパイの仮面を脱がして」
女優岡田嘉子(1902年4月21日~1992年2月10日)は戦前の大女優。軍国主義の時代に、プロレタリア運動の演出家・杉本良吉と1938年(昭和13年)1月3日、国境の樺太を越えてソ連に亡命した。...
2022.01.03
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「わたしは、順風をはらんだ帆を、みずからおろしてしまいました。正確にいうなら、年齢四十八歳を迎えた昭和十九年(1944年)正月二日です」
弁護士正木ひろし( 1896年=明治29年9月29日~1975年12月6日)は「首なし事件」「八海事件」「チャタレー事件」など終戦直後の冤罪事件、難事件を多数手掛けた。同時に戦時中も反戦を唱え...
2022.01.02
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「日本史上空前絶後の暗黒の年明けたり」
山田風太郎(1922年1月4日~2001年7月28日)の「戦中派焼け跡日記」(1946年1月1日分)から。山田は伝奇、推理、時代の各分野で活躍した娯楽小説作家。代表作は「魔界転生」「忍法帖」シリ...
2022.01.01
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「あけましてお目出とう。今年もまたいい1年を暮らしましょうね」
宮本百合子(1899年=明治32年2月13日 ~1951年1月21日)は小説家、評論家。18歳で『貧しき人々の群』を発表し注目された。日本共産党に入党し、宮本顕治(1908年10月7日~2007年7月18日)...
2022.01.01
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「悩みを突き抜けて歓喜に到れ!」
ルドウィッヒ・ファン・ベートーヴェン(1770年12月16日頃~1827年3月26日)の交響曲「第九」を象徴する言葉。「第九」の合唱部分はフリードリッヒ・フォン・シラーの詩「歓喜に寄せて」を...
2021.12.31
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「六十、七十はなたれ小僧、男盛りは百から百から」
「いまやらねばいつできる わしがやらねばだれがやる」彫刻家平櫛田中(1872年2月23日~ 1979年12月30日)が好んで揮毫していた言葉。107歳で没。 平櫛は86歳で木彫りの大作「鏡獅子」を完成させた。戦争を挟んで20年がかり。モデルの6代...
2021.12.30
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「天井の花が消えてしまう」
南方熊楠(1867年5月18日=慶応3年4月15日~1941年12月29日)は、日本の博物学者、生物学者、民俗学者。名前の読みは「みなかた・くまくす」。 培養中の細菌を整理しているときに発熱し...
2021.12.29
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「うるさい奴を集めよう」
「喜劇の王様」チャーリー・チャップリン(1889年4月16日~1977年12月25日)は、イギリス出身の映画俳優、映画監督、脚本家、映画プロデューサー。 米国を追放されて20年。チャップリン...
2021.12.25
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「ツラで飯を食うというのは好きじゃない」
三船敏郎(1920年4月1日~1997年12月24日)は日本を代表する映画俳優。黒澤明監督と組んで「羅生門」「七人の侍」「用心棒」など多数の映画の主役を演じた。『羅生門』はヴェネチア国際映...
2021.12.24
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「過去は泣き続けている」
井上ひさし(1934年11月16日~ 2010年4月9日)の「芝居とその周辺」に収められた「絶筆ノート」から。井上は小説家、劇作家、放送作家として幅広く活躍し、NHKで放映された「ひょっこりひ...
2021.12.15
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「一年半、もし短と言わんとせば、十年も短なり、百年も短なり」
「東洋自由新聞」主筆の中江兆民(1847年12月8日~1901年12月13日 )は1901年(明治34年)に喉頭がんを宣告された。医者に余命一年半と言われ、のどの切開手術を受けた後、枕を抱いてうつ...
2021.12.13
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「俺だってヌーベルバーグだった」
日本を代表する映画監督、小津安二郎(1903年12月12日~ 1963年12月12日)は、サイレント映画時代からモノカラ―の時代を経て戦後までの約35年にわたり、日本の映画界をリードした。原節子...
2021.12.12
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「野の鳥は野に」
中西悟堂(1895年=明治28年11月16日~1984年12月11日)は、日本の野鳥研究家。日本野鳥の会の創立者。歌人・詩人。 「野の鳥は野に」を標語に自然環境の中で鳥を観察し保護する運動を...
2021.12.11
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「数時間前、私は国王および帝王としての最期の職責を果たした」
英国エドワード8世(1894年6月23日~1972年5月28日)は、英国、海外自治領の国王、インド皇帝。退位後の称号ウィンザー侯爵としても知られる。 離婚歴のある平民のアメリカ人女性ウォリ...
2021.12.11
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「苦しいから注射をしてくれ、死ぬと困るから」
夏目漱石(1867年2月9日~ 1916年12月9日)の言葉。 朝日新聞は12月10日に夏目漱石の死亡記事を載せた。「本社記者夏目漱石氏は(略)最後の食塩注射を行いたるも遂に恢復するに至らず...
2021.12.09
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「平和を実現するのは女性の仕事」
ジャネット・ランキン(1880年4月2日~1973年5月18日)は米国連邦議会の両院を通じて初の女性議員になった。日本の真珠湾攻撃の翌日(1941年12月8日)、フランクリン・ルーズベルト大統領...
2021.12.08
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「まだ巨人に籍はある」
沢村栄治(1917年2月1日~1944年12月2日)は日本の職業野球(プロ野球)創成期の伝説の投手。1934年(昭和9年)、ベーブルースらを引き連れて来日した大リーグ選抜チームを相手に活躍した...
2021.12.02
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「I’m dreaming of a white Christmas」(ホワイト・クリスマス)
ビング・クロスビー(1903年5月3日~1977年10月14日)はアメリカの歌手、俳優。ウィキペディアによると、1930年から1954年まで、70本以上の長編映画を制作し、1,600曲以上を録音した。 代...
2021.12.01
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「老いらくの 恋は怖(おそ)るる何ものもなし」
歌人であり、実業家だった川田順(1882年=明治15年1月15日~1966年1月22日)は、人妻だった歌人の鈴鹿俊子(1909年9月18日~2008年2月20日)を弟子にしたが、やがて不倫の関係になった。...
2021.11.30
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「地雷を踏んだら、サヨウナラ!」
戦場カメラマン一ノ瀬泰造(1947年11月1日 - 1973年11月29日)の「地雷を踏んだらサヨウナラ」から。 (10月28日に沢田教一、9月7日に後藤健二、5月27日に橋田信介各氏の言葉) ...
2021.11.29
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「紙による伝達、消える日も」
一般社団法人日本ペンクラブは2021年5月25日理事会で第18代会長に桐野夏生氏(1951年10月7日~)を選出した。桐野氏は女性初の会長。就任の挨拶でコロナ禍について「人々のコミュニケーシ...
2021.11.26
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「かく迄(まで)も心合ふことのあやしさよ」
近代文学初の女流作家、樋口一葉(1872年5月2日=明治5年3月25日~ 1896年 11月23日)が半井桃水あてに手紙を出した日の日記。桃水は新聞記者、小説家。佐伯順子編「一葉語録」の「につ記...
2021.11.23
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「権力が腐敗したとき、詩がそれを清めた」
ジョン・F・ケネディ(1917年5月29日~1963年11月22日)は第35代アメリカ大統領。1963年11月22日、テキサス州ダラスで暗殺された。その1か月前、詩人ロバート・フロストを偲ぶ式典がマサチ...
2021.11.22
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「僕は、涙の出ない目で泣いた」
ヴァイオリニスト川畠成道(1971年11月21日~)の本のタイトル。8歳の時に米国旅行中に「スティーブンソン・ジョンソン症候群」という難病にかかり、目がかすかにしか見えず、視覚の9割を...
2021.11.21
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「僕は世界でいちばん不幸で惨めな人間だ」
(「天才たちの私生活」ゲルハルト・プラウゼ著から)フランツ・シューベルト(1797年1月31日~1828年11月19日)は、オーストリアの作曲家。歌曲「野ばら」「菩提樹」「アヴェ・マリア」など日本人にも愛されてきた曲を多く作った。1814年に歌...
2021.11.19
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「人民の、人民による、人民のための政治」
エイブラハム・リンカーン(1809年2月12日~1865年4月15日)は、アメリカ合衆国の第16代大統領。ペンシルベニア州ゲティスバーグは南北戦争の激戦地。一時は兵士ら8,000人の遺体と腐った馬...
2021.11.19
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「女ごころに咎(とが)ありや」
大塚楠緒子(1875年=明治8年8月9日 ~ 1910年11月9日)は明治末期に活躍した歌人、作家。日露戦争に出征した夫を思う長詩「お百度詣で」が反戦歌、厭戦歌として批判された。上掲の歌はそ...
2021.11.09
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「ピアフを二度聞く 語ることなし。 私は悲しい。 泣く、初めてパリで。」
歌手・女優、越路吹雪(1924年2月18日~1980年11月7日、56歳)がパリで生のピアフを聞いた時の衝撃を日記に書いた。 「パリ日記・1953年5月7日より」(越路吹雪/岩谷時子「夢の中に君がい...
2021.11.07
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「ゴジラはレンブラントを見る思い」
1954年11月3日、東宝映画「ゴジラ」が公開された。監督は本多猪四郎(1911年5月7日~ 1993年2月28日)、特殊撮影が円谷英二(1901年7月7日~ 1970年1月25日)。表題の言葉は「銀幕に愛をこ...
2021.11.03
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「今日は死ぬのにもってこいの日だ」
ナンシー・ウッド(1936年6月20日~2013年3月12日)はアメリカの作家、詩人、写真家。「今日は死ぬのにもってこいの日」(金関寿夫訳)から。著者はニューメキシコ州のタオス・プエブロ・イ...
2021.11.01
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「戦闘はいよいよ激しさを加えている。夏空はどこまでも澄んでいる」
(戦争文学「ベトナム戦争 17度線の激戦地を行く」から)戦場カメラマン沢田教一(1936年2月22日~1970年10月28日)はUPIサイゴン特派員としてベトナム戦争を取材。1970年10月28日、プノンペン近郊で襲撃され死亡した。34歳。 (11月29日に一...
2021.10.28
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「目の黒いうちに原子力で電気を」
日本の「原子力の父」と言われた正力松太郎(1885年=明治18年4月11日 ~ 1969年10月9日)の発言(「日本の原子力―15年のあゆみ」日本原子力産業会議)。 1954年、米国が南太平洋ビキニ...
2021.10.26
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「百歳は折り返し点」
物集 高量(もずめ・たかかず)は東京府出身の国文学者、作家(1879年4月3日~1985年10月25日)。 物集高量は1979年、100歳の時に著書「百歳は折り返し点」を上梓。同年11月30日...
2021.10.25
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「おまへはもう静かな部屋に帰るがよい。
そして心の呟きを、ゆっくりと聴くがよい」中原中也(1907年4月29日~1937年10月22日)は詩人、歌人、翻訳家。30歳で没。心を病み鎌倉に移り住んで書いた最後の四行詩。生前はほとんど無名だったが、没後日本を代表する詩人として高...
2021.10.22
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「統計はウソをつかないが、ウソつきは統計を使う」①
「ウソには3種類ある。ウソ、見え透いたウソ、そして統計だ」②この二つの名言は誰が言ったのか不明。①は筆者が若いころ教えられた。②は「トム・ソーヤーの冒険」で知られるアメリカの文学者マーク・トウェインが、自叙伝の中で19世紀のイギリスの首相...
2021.10.18
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「歩かない日はさみしい、飲まない日はさみしい、作らない日はさみしい、ひとりでいることはさみしいけれど、ひとりで歩き、ひとりで飲み、ひとりで作っていることはさみしくない」
放浪、漂泊の俳人、種田山頭火(1882年=明治15年12月3日~ 1940年10月11日)の日記(昭和5年10月20日)から。「ひとりで作っている」の「作る」は俳句のこと。 自由律俳句の俳人...
2021.10.11
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「広島と長崎で五輪が実現すれば素晴らしい」
坂井義則(1945年8月6日 ~2014年9月10日)は1964年10月10日の東京五輪開会式で聖火リレーの最終走者として聖火台に点火した。広島に原爆が投下された8月6日に生まれた「原爆の子」であり...
2021.10.10
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「書いても書かなくてもよいことをかくところに、新聞紙の生命がある」
杉村楚人冠(1872年8月28日~1945年10月3日)は、新聞記者、随筆家、俳人。(「山中説法」から) 「朝日新聞社史大正・昭和戦前遍」によると杉村は朝日新聞記者としてロンドン特...
2021.10.03
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「少数派は、多数派と同じくらい貴重な国民であるということが、はっきり理解されなければならない」
マハトマ・ガンジー(1869年10月2日~1948年1月30日暗殺)の「マハートマ・ガンジーの言葉」から。1947年9月7日付け「ハリジャン」紙に掲載された言葉。 ガンジーはインドがイギ...
2021.10.02
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「楽屋って、お芝居より面白いわね」
椎名麟三(1911年10月1日 - 1973年3月28日)は小説家、脚本家。「私は、ギャフンと参ってしまった。私は、自分の芝居についてこんな手痛い批評を聞こうとは思わなかったからだ」。 (椎名...
2021.10.01
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「なぜだ!議長は俺だ」
1982年9月22日、三越の取締役会は10年間、三越を支配してきたワンマン社長岡田茂社長(1914年=大正3年8月3日~ 1995年7月20日)を解任した。「古代ペルシャ秘宝展」のニセ秘宝事件や三越...
2021.09.22
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「山は動いた」「勝てっこないとは何事だ」
土井たか子(1928年11月30日〜2014年9月20日)は1986年(昭和61年)、日本社会党第10代委員長に就任した。ミニ政党を除くと憲政史上、初の女性党首になり「おたかさんブーム」「マドンナブ...
2021.09.20
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「自分が死んだら、白い花一輪とベートーヴェンの第九を聞かせて欲しい」
棟方志功(1903年9月5日~1975年9月13日)は日本を代表する版画家。1956年、ヴェネツィア・ビエンナーレに「湧然する女者達々」などを出品し、版画部門で日本人初の国際版画大賞を受賞した...
2021.09.13
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「憎むは人の業にあらず、裁きは神の領域。―そう教えてくれたのはアラブの兄弟たちだった」
フリーランスジャーナリストだった後藤健二(1967年9月22日~2015年1月30日、47歳)は「イスラム国」に拘束され、殺害された。生前の2010年9月7日に後藤が残したこのメッセージは多くの共...
2021.09.07
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「作品を創造するためには、死者が出てもしかたがない」
「評伝 黒澤明」(堀川弘通)から黒澤明(1910年3月23日~ 1998年9月6日)は日本を代表する映画監督。「姿三四郎」「酔いどれ天使」「生きる」「羅生門」「七人の侍」「用心棒」などの作品を監督、国際的な賞を多数獲得した...
2021.09.06
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「道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である」
二宮尊徳(1787年9月4日~1856年11月17日)の言葉、とされているが、尊徳の言葉としての記録はない。後世の人が発言の趣旨を解釈して作ったものと考えられる。内村鑑三の著作「代表的日本...
2021.09.04
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「戦争の最初の犠牲者は真実である」
米国上院議員だったハイラム・ジョンソン(1866年9月2日 ~ 1945年8月6日)の言葉。 ◇The first casualty when war comes is truth カリフォルニア州知事(1911年~17年)から...
2021.09.02
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「元始、女性は実に太陽であった。真正の人であった。今、女性は月である。他に寄って生き、他の光によって輝く病人のような蒼白い顔の月である。私共は隠されて仕舞った我が太陽を今や取戻さねばならぬ。」
1911年9月(明治44年)、平塚明子(はるこ・平塚らいてう)(雷鳥)らを発起人として発行された女性だけの手による文芸雑誌「青鞜」の創刊の言葉。平塚が一晩で書きあげた。「発刊の辞」は...
2021.09.01
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「グローバリゼーション(国際化)とはプリンセス・ダイアナの死だ」
バズ・オルドリン(1930年1月20日〜)はアメリカの元宇宙飛行士。1969年7月20日「アポロ11号」船長ニール・アームストロングとともに、人類史上初めて月面歩行をした。 2007年に出版さ...
2021.08.31
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「財貨を失ったものはーーいくらか失ったことだ!
名誉を失ったものは――多く失ったことだ!
勇気を失ったのは――すべてを失ったことだ!
うまれなかったほうがよかっただろう。」ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(1749年8月28日~1832年3月22日)の言葉。 『温順なクセーニエン』第八集から (「ゲーテ格言集」高橋健二編訳からの要約) ゲーテはドイツの詩...
2021.08.28
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「散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ」
戦場カメラマン沢田教一(1936年2月22日~1970年10月28日)はUPIサイゴン特派員としてベトナム戦争を取材。 (戦争文学「ベトナム戦争 17度線の激戦地を行く」から) 細川ガラ...
2021.08.25
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「ぼくはせめて、小説『火垂るの墓』にでてくる兄ほどに、妹をかわいがってやればよかったと、今になって、その無残な骨と皮の死にざまを、くやむ気持ちが強く、小説中の清太に、その思いを託したのだ。ぼくはあんなにやさしくはなかった」
野坂昭如(1930年 10月10日~ 2015年 12月9日)小説家、歌手、タレント。1967年、終戦直後に、幼い妹を失った体験を書いた「火垂るの墓」で直木賞受賞。1969年2月27日の朝日新聞第二部「舞...
2021.08.22
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「素晴らしい季節」
「朝からなにもたべてない 身を落とした 無表情な 全く寄るべのない 一銭も持っていない 16歳の少女が じっと立っている コンコルド広場で 8月15日の正午のこと。」 ...
2021.08.15
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「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」
プロ野球の故野村克也監督の名言と間違える人が多いが、松浦 静山(まつら・せいざん=1760年3月7日~1841年8月15日)の言葉。肥前国平戸藩の藩主で「心形刀流(しんぎょうとうりゅう)」...
2021.08.15
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「パパは本当に残念だ」
河口博次氏=1985年=昭和60年8月12日、羽田発大阪行きの日航ジャンボ機が群馬県御巣鷹山に墜落。520人が死亡。大阪商船三井の支店長だった河口氏は、飛行機の中で社員手帳7ページにわたり...
2021.08.12
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「この世で最も悲惨で心を打たれる岩塊」
スイス・ルツェレンの「瀕死のライオン」を見て、マーク・トウェイン(1835年11月30日~1910年4月21日))は 「この世で最も悲惨で心を打たれる岩塊」 と記し、碑文には「ヘルヴェティア人...
2021.08.10
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「先に行くよ」「お母ちゃん」
1945年8月6日に広島、そして9日に長崎に原爆が投下。死を目前にした中学一年生が国粋主義にまみれた和歌を口にし、「お母ちゃん」と絶叫する。様々な記録や文学作品が残されている。『いし...
2021.08.06
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「東芝に来てまず驚いたのは、社長室にバスルームがあったことだ。6万人もの社員の生活を預かる立場にある責任者がホテルじゃあるまいし」
土光敏夫(1896年9月15日 - 1988年8月4日)は1965年、石川島播磨重工業の社長から東京芝浦電気社長になった。最初に実施したのは役員室のバス、トイレ、キッチンの撤去だった。 「政治家...
2021.08.04
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「座業というやつ、そう、ハンコ屋さんとか、洋服屋さん。
精神が、セッタをはいて、半ソデのダボシャツなんか着てさ、そういうひとたちって、どこか寅さんに似てるんじゃない?(略)
精神が、こう、江戸川の堤を、ツーッと走っているひとでしょうね」
(渥美清「きょうも涙の日が落ちる」)渥美清(1928年3月10日~1996年8月4日)は、コメディアン、俳優。代表作は『男はつらいよ』。シリーズ48作品で「車 寅次郎」を演じた。本名田所康雄。没後に国民栄誉賞を受賞。 ...
2021.08.04
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「親もなく、妻なく、子なく、版木なし、金もなければ死にたくもなし」
林子平(1738年8月6日~1793年7月28日)は仙台藩士だったが、北海道・松前から長崎まで全国を行脚し、ロシアの脅威を説いて『三国通覧図説』『海国兵談』などを著したが、危険な書として発...
2021.07.28
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「文章の中にある言葉は辞書の中にある時よりも美しさを加えていなければならぬ」
芥川龍之介(1892年3月1日 ~1927年7月24日)の『侏儒の言葉』から。1927年7月24日、田端の自室で服毒自殺。河童忌 「『侏儒の言葉』は必ずしもわたしの思想を伝えるものではない。...
2021.07.24
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「グローバリゼーション(国際化)とはプリンセス・ダイアナの死だ」
バズ・オルドリン(1930年1月20日〜)はアメリカの元宇宙飛行士。1969年7月20日「アポロ11号」船長ニール・アームストロングとともに、人類史上初めて月面歩行をした。 2007年に出版さ...
2021.07.20
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「奴らを通すな!(ノー・パサラン!)膝を屈して生きるよりは、脚で立って死のう!」
スペイン共産党議長、市民戦争の人民戦線指導者、ドロレス・イバルリ(1895年12月9日~ 1989年11月12日)が1936年7月18日に内務省の無線局から行った演説。「その時以来『ノー・パサラン!...
2021.07.18
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「ホワイトハウスなんて行かないよ」
ミーガン・アンナ・ラピノー(1985年7月5日、カリフォルニア生まれ)は米国の女子サッカー選手。2012年ロンドンオリンピック、そして2015年と2019年のFIFA女子ワールドカップを連覇。19年F...
2021.07.10
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「自由を求める群衆を私に」
フランスから贈られた米国の自由の女神像。正式名称は「世界を照らす自由 (Liberty Enlightening the World)の像」。その台座には、米国の詩人エマ・ラザラスの詩が刻まれている。 自...
2021.07.04
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「誰がために鐘は鳴る」(For Whom The Bell Tolls.)
ジョン・ダン(英国の16~17世紀の詩人、晩年はイギリス国教会司祭)の瞑想録17番「死に臨んでの祈り」から。 米国の作家アーネスト・ヘミングウェー(1899年7月21日~ 1961年7月2日)が...
2021.07.02
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